安全衛生情報センター
芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体を取り扱う労働者に発生した疾病の業務上外の認定は、今後下 記によることとしたので、今後の認定に当っては、この通達の基準を満たすものであって労働基準法施行 規則別表第1の2(以下本通達において「別表」という。)第4号の規定に基づく労働省告示第36号(以下本通 達において「告示」という。)表中に掲げる化学物質による疾病(がんを除く。)については別表第4号1、 告示により指定された化学物質以外の化学物質による疾病については別表第4号9、がんについては別表第 7号に掲げるがん原性物質による疾病に該当するものとしてそれぞれ取り扱い、この通達の基準により判 断し難い事案については関係資料を添えて本省にりん伺されたい。 なお、この通達の解説部分は、認定基準の細目を定めたものであり、本文と一体化して取り扱われたい。 おって「労働基準法施行規則第35条第27号に掲げる疾病のうち『ニトロベンゼン』、『クロールニトロ ベンゼン』及び『アニリン』に因る中毒の認定について(昭和34年8月20日付け基発第576号(昭和39年9月8 日付け基発第1049号により一部改正))」は、廃止する。
1 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体にばく露する業務に現に従事し、又は従事していた労働者に 発生した疾病であって、次の(1)及び(2)に掲げる要件のいずれにも該当するものであること。 (1) 上記の業務に相当期間従事した後おおむね6カ月以内の間に発生した疾病であること。 (2) 次の①の自覚症状に加えて②から⑦までに掲げる症状のいずれかに該当する症状が認められる疾 病であること。 ① 常時又は持続的に訴えられる次に掲げる自覚症状のうちいずれかのもの 頭重 頭痛 めまい 心悸亢進 倦怠感 悪心 胸痛 尿の異常着色(茶褐色) 頻尿 排尿痛 皮膚の掻痒感 皮膚の発疹 ② 明らかなチアノーゼ、メトロヘモグロビン血症又は赤血球にハインツ小体が認められるもの ③ 常時存在する貧血 なお、「常時存在する」とは、日を改めて数日以内に2回以上測定した値に大きな差を認めない 場合をいう。ただし、同時に貧血に関し、数項目について検査を行いその結果に一定の傾向があっ たときはこの限りでない。 ④ 肝機能検査における明らかな異常 ⑤ 明らかな精神神経障害 ⑥ 接触皮膚炎 ⑦ 非細菌性の出血性膀胱炎 なお、上記(1)の要件を満たさない場合又は(2)の症状の発生に関し、芳香族化合物のニトロ又はア ミノ誘導体以外の原因による疑いがあって鑑別困難な場合には、症状が当該物質にばく露する業務に 従事した後に発症したか否か、作業の経過とともに又は当該物質へのばく露程度(気中濃度、ばく露 時間、皮膚接触程度等)の増大により症状が増悪したか否か、作業からの離脱により症状の改善がみ られたか否か、同一職場で同一作業を行う労働者に同様の症状の発生をみたか否か等を調査のうえ業 務起因性を判断すること。 2 業務により一時的に大量又は濃厚な芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体にばく露して急性中毒又 はその続発症を起こしたものであること。 3 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体のうち「ベンジジン及びその塩」又は「ベータ−ナフチルア ミン及びその塩」にばく露する業務に従事していた者に発生した疾病で次の(1)及び(2)に掲げる要件の いずれにも該当するものであること。 (1) 上記の業務への従事歴が3カ月以上の者に発生した疾病であること。 (2) 尿路(腎臓、腎孟、尿管、膀胱及び尿道をいう。以下同じ。)に原発した腫瘍であること。 なお、上記の業務に従事していた労働者で当該業務への従事歴3カ月未満のものに係る尿路腫瘍及 び上に掲げる物質以外の芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体にばく露する業務に従事しているか 又は従事していた労働者に係る尿路の腫瘍については、当分の間、作業内容、従事期間、ばく露した 物質の名称、ばく露の程度、症状(臨床検査、病理組織学的検査、剖検等の所見を含む。)等を調査の うえ本省にりん伺すること。 (解説) 1 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体の範囲 本認定基準は、芳香族化合物のニトロ及びアミノ誘導体(ベンゼン核にニトロ基又はアミノ基を一つ 以上有する化合物をいう。以下同じ。)について一括作成したものである。 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体のうち有害性のわかっている主なものを表1に示す。表中A) ニトロ誘導体及びB)アミノ誘導体の物質の名称欄に掲げる物質は、本文記の1の芳香族化合物のニトロ 又はアミノ誘導体による慢性中毒又は記の2の芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体による急性中毒 発症の起因物質となることのあるものである。C)がん原性物質の名称欄に掲げる物質については、下記 6(尿路の腫瘍)を参照すること。 2 吸収経路 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体は、常温では液体又は固体であるが、産業現場では通常その 蒸気、粉じんのばく露を受けることが多い。中毒は経気道吸収又は経皮吸収によって発生する。また、 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体の大部分の種類は、容易に経皮吸収されることにとくに留意す べきである。 3 慢性中毒 本文記の1は、芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体による慢性中毒について業務起因性の判断要 件を示したものである(一般に亜急性と呼ばれる中毒についても、本項によって業務起因性の判断を行 ってよい場合が多い。)。 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体へのばく露程度が大である場合には早いものでは1週間程度 従事した後に亜急性の中毒症状が現われることがあり、ばく露程度が余り大きくない場合には一般に数 カ月以上の期間従事した後に慢性的症状が現われる。 したがって、本文記の1の(1)の「相当期間」とは、上記のようなばく露の程度、症状の現われ方の関 連で、おおむね数週間以上ないし数カ月以上と考えるべきものである。なお、芳香族化合物のニトロ又 はアミノ誘導体により発生する慢性中毒は、ばく露から離れた後おおむね6カ月を越えた場合には発生 しにくいといわれている。 慢性中毒としては、貧血、精神神経障害、肝障害が知られているが、メトヘモグロビンやハインツ小 体は検出されないことが多い。しかしこのような場合でも、網状赤血球の増加、血清鉄の増加、シデロ サイト(Siderocyte)の末梢血への出現が診断の助けとなる場合がある。 精神神経障害の症状としては、手足のふるえ、深部腱反射亢進、情緒不安定、歩行失調等を呈し、と きには発汗異常、血管運動神経の異常をみることがあり、また、視神経炎、末梢神経炎を起こす場合も ある。 尿中代謝物質濃度は、当該物質に対するばく露の有無及びその程度を知るうえで有力な指標となる場 合がある。 4 皮膚障害 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体には、一次刺激性又は感作性接触皮膚炎の原因となるものが 少なくなく、とくに強い感作性物質にばく露するとき、感受性者には激しい炎症症状をみる。また、光 過敏性を示す物質のあることにも注意を要する。芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体を使用して二 次的反応を行う工程に従事する者に感作性接触皮膚炎の発生をみ、これが湿疹化し、治ゆの遷延するこ とも多く、また、集族性の座瘡様皮疹をみることもあるが、芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体に ついては、多価感作や交叉感作も考慮すべきであり、また、皮疹が工程中の副生物に起因することもあ るので、起因物質の判断には慎重を要する。 5 急性中毒 本文記の2は芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体に対する事故的ばく露等の際の芳香族化合物の ニトロ又はアミノ誘導体による急性中毒について業務起因性の判断要件を示したものである。 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体による急性中毒では、その直接作用又はメトヘモグロビン形 成を介しての症状として次のような所見が見出される。すなわち、悪心、嘔吐、頭痛、チアノーゼ等に はじまり、呼吸困難、興奮、意識混濁、痙攣、意識喪失、失禁等が現われる。メトヘモグロビンは、ヘ モグロビン(血色素)の2価の鉄が3価となった一種の不活性ヘモグロビンで、メトヘモグロビンが増加す ると生体は酸素欠乏状態に陥る。メトヘモグロビン量と症状との関係は、表2の如くいわれている。なお、 血中メトヘモグロビンの濃度測定法を別紙1(略)に掲げる。 メトヘモグロビンが多量にできる場合は、赤血球にハインツ小体が出現し、続いて赤血球の破壊亢進、 すなわち、溶血性貧血が起こり、網状赤血球の増加、血清鉄の上昇がみられることが多い。溶血が高度 の場合には、さらに、黄疸、肝腫又は脾腫を伴う場合がある。尿は茶褐色で、ウロビリノーゲン、ウロ ビリン、還元性物質(ことに芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体代謝物質のグルクロン酸抱合体)が 異常に増加し、また、血色素が陽性となる。 6 尿路の腫瘍 本文記の3は、芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体による尿路の腫瘍について業務起因性の判断 要件を示したものである。 表1のC)がん原性物質の物質名称欄に掲げる物質は、芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体のうち 「ひと」に腫瘍が発生することが確認されているか又はそのおそれが強く疑われているものである。業 務起因性の判断にあたって留意すべき事項は下記のとおりである。 (1) ベンジジン及びベータ−ナフチルアミンについてはわが国でも尿路腫瘍の発生例が多い。これら の腫瘍は、ばく露条件によってはばく露期間が比較的短かくても発生することがあり、また、ばく露 開始から発症までの期間(いわゆる潜伏期間)については、長短さまざまで退職後に発生することも少 なくない(わが国の発症例では潜伏期間が5年未満のものも知られており、30年を超えたものもある)。 (2) 表1のC)がん原性物質の物質名称欄に掲げる4物質は労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第55条 により製造等が禁止されているので、一般にこれらの物質による腫瘍の発生は、これらの物質にばく 露する業務に従事していた者にしかみられないものである。ただし、試験研究の業務については、同 条ただし書により製造等が認められていることに留意する必要がある。 7 その他 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体ばく露の指標となる尿中代謝物質の主なものを表3に示す。 なお、比較的普遍的に利用しうる尿中ジアゾ反応陽性物質の検査方法を別紙2(略)に掲げる。 表1 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体毒性一覧表 A) ニトロ誘導体
物質の名称 (別名) |
構造式 (※異性体あり) |
許容濃度 | 主な症状 | 備考 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
メトヘモグロビン血症 | 貧血 | 肝 | 腎 | 皮膚 | 精神神経系 | |||||
1 | ニトロベンゼン | S 1 |
◎ | ○ | ○ | ○ | ||||
2 | ジニトロベンゼン | ※ |
S 0.15* |
◎ | ◎ | ○ | △ | ○ | ○ |
|
3 | クロロニトロベンゼン | ※ |
S 〔1〕* |
◎ | ◎ | △ | △ | △** |
|
|
4 | クロロジニトロベンゼン | ※ |
△ | △ | △ | △ | ◎* |
|
||
5 | ニトロフェノール | ※ |
○ | △ | △ | △ | ○ | ○ | ||
6 | ジニトロフェノール | ※ |
△ | △ | ○ | ○ | ○ | ○ |
基礎代謝亢進 甲状腺障害 |
|
7 | トリニトロフェノール (ピクリン酸) |
※ |
S 〔0.1〕* |
△ | △ | △ | △ | ○** | △ |
|
8 | ジニトロオルソクレゾール | ※ |
S 〔0.2〕 |
○ | ○ | ○ | ○ | 基礎代謝亢進 甲状腺障害 |
||
9 | ニトロトルエン | ※ |
S 5 |
△ | △ | ○ | ||||
10 | ジニトロトルエン | ※ |
S 〔1.5〕 |
○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
11 | トリニトロトルエン | ※ |
S 〔0.2〕 |
△ | ◎ | ◎ | △ | ○ | ○ | |
12 | ニトロトルイジン | ※ |
○ | ◎* |
|
|||||
13 | トリニトロフェネトール | ※ |
△ | ○ | △ | |||||
14 | ニトロフェネトール | ※ |
△ | ○* |
|
|||||
15 | ニトロクロルトルエン | ※ |
○ | ○ | ||||||
16 | ニトロナフタリン | ※ |
○ | ○ | ○ |
B) アミノ誘導体
物質の名称 (別名) |
構造式 (※異性体あり) |
許容濃度 | 主な症状 | 備考 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
メトヘモグロビン血症 | 貧血 | 肝 | 腎 | 皮膚 | 精神神経系 | |||||
1 | アニリン | S 5 |
◎ | ○ | △ | △ | ○ | |||
2 | アミノフェノール | ※ |
○ | ○* | アレルギー性喘息
|
|||||
3 | クロルアニリン | ※ |
○ | ○ | ○ | ○ | 眼の刺激もある。 | |||
4 | ニトロアリニン | ※ |
S 1* |
◎ | ○ | ○ | △ |
|
||
5 | ジエチルアニリン | ○ | ||||||||
6 | ジメチルアニリン | S 5 |
○ | ○ | ○ | △ | ||||
7 | ジフェニルアミン | 〔10〕 | △ | △ | △ | 膀胱症状もある。 | ||||
8 | トリニトロフェニルメチルニトロアミン (テトリル) |
S 〔1.5〕 |
△ | ○ | △ | ◎* | ○ | 眼・上気道の粘膜刺激もある。
|
||
9 | ニトロソジメチルアニリン | ※ |
○ |
○* |
|
|||||
10 | フェニルヒドラジン | S 5 |
○ | ○ | △ | ○ | ○ | |||
11 | フェネチヂン | ※ |
○ | ○ | ○ | |||||
12 | フェニレンジアミン | ※ |
S 〔0.1〕* |
○ | ○ | ◎** |
|
|||
13 | トリレンジアミン | ※ |
○ | ◎ | ○ | ○ | ||||
14 | トルイジン | ※ |
5* | ◎ | ○ | ○** |
|
|||
15 | メチルアニリン | ○ | ○ | |||||||
16 | アニシジン | ※ |
S 0.1 |
○ | ○ | △ | ||||
17 | キシリジン | ※ |
S 5 |
○ | ○ | ○ | △ | |||
18 | クロロトルイジン | ※ |
○ | △ | ○ | 出血性膀胱炎(5―クロロオルソトルイジン) |
注) 1.本表は、新労働衛生ハンドブック(労働科学研究所)、Patty編“Industrial Hygine and Toxico -logy”等を参照のうえ作表した。 2.許容濃度は、日本産業衛生学会(昭和50年)及びACGIH(1975年)による。単位はppm。 ただし〔 〕内はmg/m3。なお、この数値の使用に当たってはそれぞれの前文を参照すること(Sは 経皮吸収に注意すべきものであること。)。 3.◎は発生危険強 ○は発生危険中 △は発生危険弱 C) がん原性物質
物質の名称 (別名) |
構造式 (※異性体あり) |
備考 | |
---|---|---|---|
1 | ベンジジン | 主な発がんの部位尿路 | |
2 | ベータ−ナフチルアミン | 〃 | |
3 | 4−アミノジフェニル | 〃 | |
4 | 4−ニトロジフェニル | 〃 |
注) 本表は、“IARC Monographs on the evaluation of carcinogenic risk of chemicals to man(1972―1974”、“U.S.A. Federal Register”等の報告を参考にして作表した。 なお、アルファ−ナフチルアミンについては学問上ひとに対する発がんの証拠は確認されていない が、実際の産業現場ではアルファ−ナフチルアミンにベータ−ナフチルアミンが混入して尿路腫瘍が 発生し、これをアルファ−ナフチルアミンによる腫瘍として処理されているケースがある。 表2 メトヘモグロビン量と症状の関係
メトヘモグロビン量 | 症状 |
---|---|
10%まで | 全く無症状である |
10〜25% | チアノーゼが現われるがほとんど無症状である |
25〜35% | チアノーゼが著明になる |
35〜40% | 運動により、頭痛、めまい、疲労、呼吸困難、頻脈等を起す |
40%以上 | 酸素欠乏症が出現する |
50〜60% | 意識喪失、痙攣を起す |
60〜75%以上 | 昏睡状態で生命の危険を招く |
注) 1.筋労作等により生体の酸素消費が高まっているときは、より低濃度で症状が現われる。安静を保っ ていると症状は軽い。 2.本表は、Patty編“Industrial Hygine and Toxicology”、Areana 著“Poisoning”等を参 照のうえ作表した。 表3 芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体の尿中代謝産物
ばく露物質 | 尿中代謝産物 |
---|---|
ニトロベンゼン | パラ−アミノフェノール |
ジニトロベンゼン | モノニトロアニリン |
ジニトロクロロベンゼン | モノニトロアニリン |
トリニトロトルエン | 2・6−ジニトロ−4−ヒドロキシアミノトルエンのグルクロナイド |
アニリン | パラ−アミノフェノール |
ベータ−ナフチルアミン | 2−アミノ−4−ナフトール及びナフトキノンイミン |
アルファ−ナフチルアミン | 不変 |
トルイジン | トルイジンのモノ及びジアセチル化合物 |
ジアニシジン | ジアニシジンのモノ及びジアセチル化合物 |
注) その他 Diazotizable metabolites、グルクロナイドなども増加する。