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別紙

蛇紋岩中のクリソタイルの定量法

 蛇紋岩は蛇紋石が主要構成鉱物の岩石である。蛇紋石には、アンチゴライト、リザルダイト、クリソタ
イルの3種類があり、そのうちクリソタイルが石綿である。蛇紋岩には、その3種類の蛇紋石のどれもが主
成分として含有されることがある。しかも、それらが単独で存在することは少なく、アンチゴライトとク
リソタイル、あるいはリザルダイトとクリソタイルというように組み合わさって存在する場合が普通であ
る。石綿であるクリソタイルがほとんどを占める蛇紋石もあれば、クリソタイルにアンチゴライトやリザ
ルダイトが混合している蛇紋岩も多い。そのうえ、トレモライト(透角閃石、繊維状のものが石綿)が混合
する蛇紋岩もある。
 3種類の蛇紋石は互いに化学組成と結晶構造がよく似ており、X線回折分析では何れも12°と24°付近に
強い回折ピークを示す類似の回折パターンを示す。蛇紋石3種類のX線回折パターンを〈図1〉に示した。
 その主回折ピークからは相互の区別はできないが、アンチゴライトとリザルダイトが大量に含有されて
いる蛇紋岩では、それぞれ35.6°(2.525Å)と35.9°(2.501Å)付近の回折ピークを指標にそれらの存在確
認ができる。しかし、クリソタイルの目印になりそうな36.6°付近の回折ピークは強度不足で、蛇紋岩に
比較的少量混合している場合は検出されなくなる。つまり、クリソタイルとその他の蛇紋石が共存してい
る場合、X線回折分析単独ではクリソタイルの検出・定量は難しい。
 分析透過電子顕微鏡(ATEM)を用いれば各蛇紋石の識別、特にクリソタイルの検出は容易にできる。しか
し、分析透過電子顕微鏡など顕微鏡では、試料中の繊維数%は求められても質量%を求めるのは困難である。
こうした蛇紋岩中に存在するクリソタイルの定量法として微分熱重量(DTG)法を用いた方法がある。

1)定量原理
 蛇紋石の種類によって結晶水の脱水温度が異なる性質を利用して、微分熱重量分析(DTG)により蛇
紋石の種類と量比を求めるもの。一般に加熱による物質の相変化、脱水、再結晶、昇華などには、発熱、
吸熱などが伴う。そうした熱変化を記録し解析する熱分析(thermal analysis)のために種々の測定装置が
ある。その一つである示差熱分析(DTA)は、昇温に伴う熱変化を記録するもので、結晶水の脱水に伴う
吸熱反応を記録できるが、定量性に乏しい。一方、熱重量分析(TG)は昇温に伴う重量変化を調べるもの
で、脱水に伴う重量の減少を熱重量曲線として記録でき、定量性も高い。その熱重量曲線を微分したDT
G曲線からは、蛇紋石が混合していても、異なる脱水温度の故に各々のDTGピークを識別・分離でき、
各々の質量%を求めることができる。

2)蛇紋石の加熱変化
 蛇紋石は、3種類の類縁鉱物(リザルダイト、クリソタイル、アンチゴライト)が存在するが、いずれも
ほぼ同様な化学組成を持ち、Mg3Si2O5(OH)4の化学組成式で表される。厳密には産地や成因によって少量
の鉄(Fe)やアルミニウム(Al)を持つ。化学組成式中の(OH)4は結晶水を表し、600℃〜800℃で脱水する。結
晶水を失った蛇紋石は非晶質状態になるが、さらに800℃〜950℃に加熱すると次式のようにかんらん石(フ
ォーステライト:Mg2SiO4)と石英(SiO2)が形成される。

   2Mg3Si2O5(OH)4 → 3Mg2SiO2 + SiO2 + 4H2O
   蛇紋石       かんらん石  石英

 さらに、1000℃~1200℃で加熱すると、次式に示すようにかんらん石と石英が反応して、一部がエンス
タタイト(頑火石)になり、エンスタタイトとかんらん石との混合状態になる。

   3Mg2SiO4 + SiO2 → 2Mg2SiO4  + Mg2Si2O6
                     頑火石

3)蛇紋石の結晶水の脱水温度
 蛇紋石の結晶水の脱水温度は、種類によって異なる。リザルダイトが最も低く、アンチゴライトが最も
高い。試料質量が恒量になるまである温度で加熱を続け、恒量になったら温度を上げさらに恒量になるま
で加熱を続けるという操作を繰り返して測定した結晶水の脱水温度は、リザルダイトは約600℃、クリソ
タイルは約640℃、アンチゴライトは約720℃である。
 一方、通常の熱分析では、一定速度で昇温して試料を加熱する方法が行われる。脱水温度は昇温速度に
よって若干変わり、昇温速度が速いほど高温側に移行する。例えば、毎分20℃で昇温した場合、リザルダ
イトは630℃、クリソタイルは680℃、アンチゴライトは780℃付近で結晶水が脱水する。毎分10℃の場合
はそれぞれ10℃程度低い。なお、試料量の違いによる温度変化は昇温速度による変化ほど大きくはない。

4)DTA
 TG-DTA装置の試料ホルダーに試料粉末を充填し、適当な昇温速度で加熱温度を上げてゆくと、
TG曲線とDTA曲線が記録される。試料量は普通10〜30mg程度であるが、1mgくらいから100mgを超える
大量試料も可能である。DTG曲線は、コンピュータに取り込まれているTG曲線を微分する(重量変化
を温度変化で除す)と得られる。
 蛇紋石3種のTG-DTA曲線を〈図2a〉に示した。図2aは試料量20mg、昇温速度20℃/minで測定したも
のである。DTG曲線のピークは、リザルダイト630℃、クリソタイル670℃、アンチゴライト760℃にそ
れぞれ出現している。蛇紋石3種を等量ずつ混合した試料(CAL-1)のTG-DTG曲線を〈図2b〉に示した。
図2bのピークを各蛇紋石の結晶水の脱水温度に固定したピークで分離すると、点線のようになり、各蛇紋
石が等量存在していたことが解析できて定量性が確認される。

5)蛇紋岩のX線回折分析
 日本および世界各地の蛇紋岩について、X線回折分析と分析透過電子顕微鏡で蛇紋石の種類の確認を行
った。その結果、リザルダイトとクリソタイルが混在した蛇紋岩と、アンチゴライトとクリソタイルの混
在する蛇紋岩の2つの系統があることが判明した。リザルダイト-クリソタイル系とアンチゴライト-クリ
ソタイル系のX線回折パターンをそれぞれ〈図3〉と〈図4〉に示した。なお、X線回折パターンからはクリ
ソタイルの存在確認はできない。

6)蛇紋岩のDTG
 各地の蛇紋岩試料のDTG曲線を〈図5〉と〈図6〉に示した。DTA曲線からリザルダイト-クリソタ
イル系とアンチゴライト-クリソタイル系の2つをよく識別できる。また、クリソタイルの含有の有無は、
クリソタイルが最低5wt%程度含有されているとDTGピークとして認められる。

7)蛇紋岩中のクリソタイル含有率定量方法
 上記のようにDTG測定が蛇紋岩中のクリソタイルの含有の判定、および定量に効果的であることが
分かる。DTG測定を中心とした蛇紋岩中のクリソタイル定量法を〈図7〉に示す。DTG測定では、ク
リソタイルが5wt%以上含まれていれば確認できる。
蛇紋岩含有の被験試料
粉末化
X線回折分析
蛇紋石のピークを確認
DTG
クリソタイル、アンチゴライト、リザルダイトの確認
計算でクリソタイル含有量を求める

図7 蛇紋岩中のクリソタイル含有率定量方法

8)各蛇紋石含有率の計算
 (1)TG分析で蛇紋石の結晶水の重量減を求め、試料量で除して、wt%を求める(a)。共存鉱物のブルー
  サイトや緑泥石の結晶水の減少があれば、TG分析からそれらを除いた重量減(a)を求める。
 (2)蛇紋石の化学組成式(Mg3Si2O5(OH)4)から計算される結晶水の重量は約13%である。多くの実測値も
  だいたい±1%の範囲に納まる。試料中の蛇紋石の含有率(J)は、次式から求められる。
             (a/13)×100=J(wt%)
 (3)次に複数の蛇紋石が含有されていたときには、それぞれの蛇紋石の量比をDTG曲線から求める。
 〈図8〉のようにDTG曲線のピークを各蛇紋石の決まったピーク温度を中心として、互いのピークの
  大きさを調節して最もDTG曲線に合致するように作図する。
 (4)(3)で求めた量比を先に求めたJに乗じて試料中の各蛇紋石の含有率を求める。

9)蛇紋岩製品のDTG例
 家屋の外壁などに塗るモルタル用の粉体(左官混和材)として蛇紋岩粉末が使用されている実態がある。
製品に石綿(クリソタイル)含有と表示されたものもあるが、ほとんどは非石綿製品あるいは無石綿と表示
されて販売されている。それらの粉末製品をX線回折分析すると、主成分がアンチゴライトの蛇紋石であ
ることは分かるが、クリソタイル含有の特定はできない。それらを熱重量測定した結果が〈図9〉である。
TG測定値から蛇紋石の含有量が求まる(Jwt%)。図9のDTG曲線の640〜650℃付近のピークがクリソタ
イル、760〜770℃付近のピークがアンチゴライトによるものと推定される。製品粉末を透過電子顕微鏡で
観察すると繊維長の短い(数μm程度)クリソタイルの含有が明らかとなり、DTG曲線の640〜650℃付近
のピークはクリソタイルであることが確定した。DTG曲線から求めた石綿(クリソタイル)およびその他
の蛇紋石含有率をX線回折分析による結果と合わせて〈表1〉に示した。試料(2)及び(3)については、X線
回折による結果と異なり、クリソタイルが大量に含まれているのが分かる。
表1 左官混和材中の熱重量測定によるクリソタイルの定量例
試料名 X線回折
分析結果
熱重量測定結果(TGおよびDTG曲線の解析)
蛇紋石
(Jwt%)
DTGピーク
温度(℃)
蛇紋石
の種類
蛇紋石の量比(wt%) Cの含有
率(wt%)
C A
(1) C 95 660、765 C、A 95 5 90
(2) A 95 642、765 C、A 46 54 44
(3) A 60 644、758 C、A 70 30 42
C:クリソタイル、A:アンチゴライト、Jwt%:viii)の各蛇紋石含有率の計算に従ってTG測定値から求めた値、
蛇紋石の量比(wt%):DTGピークのCとAの面積比、Cの含有率(wt%):蛇紋石の量比(wt%)に蛇紋石(Jwt%)を乗
じて求めた試料中のクリソタイルの含有率
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図8
図9