化学プラントにかかるセーフテイ・アセスメントについて
(平成12年3月21日 基発第149号により廃止) |
改正履歴
化学工業等における爆発火災等の防止については、労働災害防止行政の重点として、かねてから諸設の
施策の推進に努めてきたところである。
しかしながら、化学工業においては、技術の進歩が著しく、プラントが多様化、大型化してきているに
もかかわらず、これに対してとるべき安全上の配慮が必ずしも十分になされているとはいえず、爆発、火
災等の発生が跡を断たない現状にある。
このため、化学プラントの安全性の事前評価についての手法を開発すべく「化学プラントセーフティ・
アセスメント検討会」(座長 難波桂芳東京大学名誉教授)を設置し、検討を行ってきたが、このたび別
添のとおり「化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントに関する指針」としてとりまとめたので、
今後における関係事業場に対する監督指導にあたっては、本指針の趣旨が徹底され、化学プラントに対す
るセーフティ・アセスメントが実施されるよう指導されたい。
なお、化学プラントの新設、変更等に係る労働安全衛生法第88条の計画の届出がなされた場合には、本
指針を参考として審査の充実を期せられたい。
また、関係業界である(社)日本化学工業協会会長、石油化学工業協会会長及び石油連盟会長に対し、事
業場における今後の化学プラントの新設、変更等に係るセーフティ・アセスメントの指針として普及徹底
を図るよう指示したので了知されたい。
(別添)
化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントに関する指針
労働省労働基準局安全衛生部
目 次
1. 序 文
2. 安全性の事前評価の概要
2・1 適用範囲
2・2 安全性の事前評価の手法の概要
3. 安全性の事前評価の具体的手法
3・1 関係資料の整備検討(第1段階)
3・2 定性的評価(第2段階)
3.2.1 設計関係
(a) 立地条件
(b) 工場内の配置
(c) 建造物
(d) 消防用設備等
3.2.2 運転関係
(a) 原材料、中間体、製品等
(b) プロセス
(c) 輸送、貯蔵等
(d) プロセス機器
3・3 定量的評価(第3段階)
3・4 安全対策(第4段階)
3.4.1 設備等に係る対策(第4段階の1)
3.4.2 管理的対策(第4段階の2)
(a) 適正な人員配置
(b) 教育訓練
(c) 保全
3・5 災害情報からの再評価(第5段階)
3・6 フォルト・トリーによる再評価(第6段階)
添付資料 参考1
参考2
1 序文
化学工場の安全は、最近とみに世論の注目を集めているものの一つである。特に、化学工業において
は、技術の進歩が著しく、プラントが多様化し、大型化してきているにもかかわらず、安全上の配慮が
必ずしも十分とはいえず、爆発、火災等の災害の発生が跡を断たない現状にある。
わが国及び諸外国における最近の化学工場の爆発、火災の例をみても、昭和48年の相次ぐ石油化学コ
ンビナートの爆発、火災、昭和49年英国のナイプロ社のカプロラクタム工場の爆発をはじめとして、大
規模な災害が発生している。
これらの事例を分析してみると、プラント設計段階における不備、オペレーターの誤操作、日常点検
の欠陥、保全におけるミス等種々の要因が考えられる。そのため、各企業においては、従来より技術的
改善、従業員の再訓練を実施する等、化学プラントの安全性の向上を図る努力を繰り返しているが、こ
れも十分な成果をあげているとはいえない状況にある。そこで、今後の課題として、1つの生産プロセ
スのどこが最も危険であり、この危険に対して、いかなる対策を講じれば未然に災害の発生を防止でき
るかという抜本的な解決を図るためのシステムエンジニアリングの確立が強く求められている。
この技術指針は立地条件等の診断項目により、定性的な評価を行い一般的な安全性を確保し、さらに、
物質の爆発、火災に対する潜在的危険性、エレメントの容量、温度、圧力等の操作条件の危険性を多角
的に組み合わせて、製造、貯蔵等の各ブロックのもつ危険性の総合的、定量的な評価を行い、そこで得
られた危険度のランクに応じた対策を講じることを目的とするものである。
しかし、この技術指針に基づいて行う定量的評価は、あくまでも相対的な危険性の評価であって、各
企業が講じる安全対策のための一つの目安にすぎない。たとえ、危険度の低いものであっても、機会の
誤操作、反応条件の設定ミス、物質の誤った取り扱い等により、予期せぬ大災害を招くことも懸念され
る。
このため、各企業においては、この技術指針をもとに設備等の改善、オペレーターの教育訓練等によ
り管理的対策を図ることはもとより、さらに一歩すすめてシステム化された安全対策を講じることによ
り、爆発、火災等の災害の発生を未然に防止し、もって、そこに働く者の安全の確保に万全を期すこと
が肝要である。
2 安全性の事前評価の概要
2・1 適用範囲
この技術指針は、容器、塔、槽等によって、化学物質の製造、貯蔵等を行うことを目的とした化学
プラントなどの新設、変更等を行う場合に適用する。
2・2 安全性の事前評価の手法の概要
本評価は次の6段階により行う。
第1段階──関係資料の整備検討
第2段階──定性的評価──診断項目による診断
第3段階──定量的評価
第4段階──安全対策
第5段階──災害情報からの再評価
第6段階──フォルト・トリーによる再評価
以下に、各段階を順を追って説明する。
1) 第1段階──関係資料の整備検討
この段階では化学プラントの安全性を事前評価する前提として必要な資料の整備検討を行う。こ
の場合、工程系統図、プロセス機器リスト、安全設備の種類とその設置場所等の資料の作成に際し
ては、
イ 誤操作防止対策
ロ 異常に際して確実に安全側に作動する方式
等の基本的な安全設計が組み込まれるよう配慮されていなければならない。
また、同時に運転要領、安全教育、訓練計画等も作成する。
2) 第2段階──定性的評価
この段階では、診断項目により、化学プラントの新設、変更等に伴う当該プラントの安全性に係
る定性的評価を行う。その際には、この診断項目を十分考慮したうえ、プラントの設計、運転条件
等を決定する必要がある。
定性的評価の結果、プラントの安全性を確保するため是正または改善すべき事項があれば、設計
変更等を加える。
3) 第3段階──定量的評価
この段階では、物質、エレメントの容量、温度、圧力及び操作の5項目により、化学プラントの
新設、変更等に伴う当該プラントの安全性に係る総合的、定量的な評価を行う。 この評価に当た
っては、災害の起こりやすさとともに、災害が発生した場合のその大きさとを同時に評価するもの
とし、上記5項目に均等に比重をかけて定量化を行う。
4) 第4段階──安全対策
この段階では、技術的及び管理的両側面からの対策を考える。技術的対策は、第3段階で行った
危険度のランク付けに従って設備等の改善を行う。管理的対策は、教育訓練により、オペレーター
の知識、技能の向上を図るとともに、適正な人員配置により、チームとしての総合力を高めること
をねらうものとする。
また、試運転時、定期修理時等における非定常作業の安全確保、及び異常事態発生時における適
切な対応措置も管理的対策として欠くことのできないものである。
5) 第5段階──災害情報からの再評価
この段階では、安全対策等を講じた後、その設計内容に同種プラント又は同種装置の災害情報を
当てはめて、再評価を行い、改善すべき箇所の有無について検討を加える。
6) 第6段階──フオルト・トリーによる再評価
この段階では、危険度のランクがIであるプラントについて、フオルト・トリーによる再評価を
試み、改善すべき箇所の有無について検討する。
3 安全性の事前評価の具体的手法
化学プラントの安全性の事前評価に当たっては、関係法令に基づく規制に適合しているか否かはもち
論であるが、当該プラントに係る関係資料の整備検討を行い、その特性を十分は握したうえ、診断項目
による安全性の定性的評価、さらに危険性の定量的評価を行うものである。
3・1 関係資料の整備検討(第1段階)
整備検討すべき資料は次のものである。
1) 立地条件(地質図、風配図などの立地に係る図表を含む。)
2) プラント配置図
3) ストラクチヤーの平面図、断面図及び立面図
4) 計器室及び電気室の平面図、断面図及び立面図
5) 原材料、中間体、製品等の物理的化学的性質及び人体に及ぼす影響
6) 起こりうる反応
7) 製造工程概要
8) 工程系統図
9) プロセス機器リスト
10) 配管・計装系統図(P、I、D)
11) 安全設備の種類と設置場所
12) 運転要領
13) 要員配置計画
14) 安全教育訓練計画
15) その他の関係資料
3・2 定性的評価(第2段階)
診断に当たっては、関係法令を参照して行うこととし、診断項目の1例を示すと次のとおりである。
3.2.1 設計関係
(a) 立地条件
1) 地形は適切か、地盤は軟弱でないか、排水は適当か
2) 地震、台風、高潮等に対する備えは十分か
3) 水、電気、ガス等のユーティリティは十分確保されているか
4) 鉄道、空港、市街地、公共施設等に係る安全を考慮してあるか
5) 緊急時に際して、消防、病院等の防災救急機関の支援体制は確保されているか
6) 近接工場からの災害の波及防止に対し考慮が払われているか
(b) 工場内の配置
1) 工場内には、適正なさくや門が設けられているか
2) 境界から最も近いプラント機器においても、安全な距離が保たれているか
3) 製造施設地区は、居住区、倉庫、事務所、研究所等から十分離れているか、また、発火源
から十分離れているか
4) 計器室の安全は確保されているか
5) 装置間のスペースは、物質の性質、量、操作条件、緊急措置、消化活動等が考慮されたも
のになっているか
6) 荷積み、荷卸し地区は、プラントから十分離れているか、また、発火源から十分離れてい
るか
7) 貯蔵タンクは境界から十分離れた場所に配置されているか
また、相互の間隔は近過ぎないか
貯蔵タンクの周囲には防液堤が設けられているか
または、埋設により防護されているか
8) 廃棄物処理設備は居住区から十分離れているか
また、風向きを配慮しているか
9) 緊急時における車の出入に十分な通路はあるか
(c) 建造物
1) 耐震設計がなされているか
2) 基礎及び地盤は全荷重に対して十分であるか
3) 構造物の部材及び支柱の強度は十分か
4) 床、壁等の材料は不燃性のものでできているか
5) エレベーター、空調設備及び換気ダクトの開口部のような火災拡大要因は最小限に押えら
れているか
6) 危険なプロセスは、防火壁又は防爆壁によって隔離されているか
7) 屋内に危険有害物質が漏えいするおそれがある場合、その換気は十分なされているか
8) 明瞭かつ十分に表示された避難口及び非常用通路があるか
9) 建造物内の排水設備は十分か
(d) 消防用設備等
1) 消火用水は確保されているか
2) 散水設備等の機能及び配置は適切か
3) 散水設備等の点検、整備は配慮されているか
4) 消火活動のための体制は整備されているか
5) 自衛消防隊の編成は適切か
3.2.2 運転関係
(a) 原材料、中間体、製品等
1) 原材料は、プラントの最も危険性の低い地区に安全な方法で持ち込まれているか
2) 原材料の受入時の作業規程はあるか
3) 原材料、中間体、製品等の物理的化学的性質が正しくは握されているか
4) 原材料、中間体、製品等について、爆発性、発火性等の危険性及び人体に及ぼす影響は知
られているか
5) 原材料、中間体、製品等による腐食性の有無は確認されているか
6) 不純物の存在が、原材料、中間体、製品等に及ぼす影響についての検討がなされているか
7) 危険性の高い物質の所在及び量が確認されているか
(b) プロセス
1) 研究段階からプラント段階までの問題点を集録し、生かされているか
2) プロセス内に保有する危険性の高い物質は最小になっているか
3) プロセスは、反応式やフローシートにより適正に表示されているか
4) プロセス運転のための作業規程はあるか
5) 下記の事項について、異常を防止する対策がとられているか
[1] 温 度
[2] 圧 力
[3] 反 応
[4] 振動、衝撃
[5] 原材料の供給
[6] 原材料の流動
[7] 水又は汚染物質の混入
[8] 装置からの漏えい又は溢出
[9] 静電気
6) 起こりうる不安定な反応は確認されているか
7) 漏えいした場合の被害範囲は確認されているか
(c) 輸送、貯蔵等
1) 輸送における安全指針を含めた作業規程はあるか
2) 取り扱われている物質の潜在的危険性は十分知られているか
3) 危険性物質の不時放出に対する予防対策がとられているか
4) 不安定物質の取扱いの際、熱、圧力、摩擦等の刺激要因を最小限に押える対策がとられて
いるか
5) タンク、配管等の材質は十分な耐腐食性を有しているか
6) すべての輸送作業について、オペレーターの安全が確保されているか
7) 配管内での流速について十分考慮されているか
8) ドレン、残液等の廃棄は適切な廃棄物処理設備で行われているか
9) 荷役設備の近くに、シャワー、洗顔設備等が設けられているか
(d) プロセス機器
1) プロセス機器の選定に際しては、安全面の検討を加えたか
2) プロセス機器は、オペレーターが監視又は措置しやすいように設置されているか
3) プロセス機器等については、誤操作防止のための人間工学的配慮がはらわれているか
4) プロセス機器はそれぞれ詳細な診断項目を備えているか
5) プロセス機器は、十分な安全制御ができるよう設計されているか
6) プロセス機器の設計及び配置に当たっては、檢査及び保全がしやすいよう配慮されている
か
7) プロセス機器は、異常時において安全側に作動するようになっているか
8) 檢査及び保全計画は十分かつ適正であるか
9) 予備品及び修理のための要因は十分か
10)安全装置は危険から十分保護されているか
11)重要設備の照明は十分か、また、停電時の予備照明も十分確保されているか
3・3 定量的評価(第3段階)
定量的評価を行うに当たっては、プラントを数個のエレメントを含むブロックに分割し、各ブロッ
クのあらゆるエレメントについて定量化を行い、これらエレメントの危険度のうち、最も大きいもの
を当該ブロックの危険度とする。
この定量化の方法としては、次表により、物質、エレメントの容量、温度、圧力及び操作の5項目
について、A、B、C及びDの4段階に分類し、それぞれに点数を付与することにより、危険性の評
価を行い、危険度として表わすものである。
すなわち、A(10点)、B(5点)、C(2点)、及びD(0点)の各点数を加え、前記5項目に関
してそれらの和を求め、次のように危険度のランク付けを行うものとする。(表)
なお、具体的事例に関しては参考に付した実際例を参照のこと。
3・4 安全対策(第4段階)
安全対策は各ブロックごとに行うものとし、第3段階で行った定量化により、3つのランクに分け
た危険度の各々に応じて次表のような対策をとるものとする。
これらの対策は、災害の発生防止とともに、災害が発生した場合の拡大防止とを同時に考慮したも
のである。
3.4.1 設備等に係る対策(第4段階の1) (表)
3.4.2 管理的対策(第4段階の2)
(a) 適正な人員配置
化学プラントの人員配置は、労働負荷の積上げ方式によることが作業の性質上困難であるた
め、オペレーターの技能、経験、知識等を基礎としたチームの編成を行う必要がある。この人
員配置等に当たっては、危険度のランクに従い次表により行う。
(b) 教育訓練
化学プラントの安全を確保するためには、個人的知識、判断力の向上に加えて、的確なチー
ムプレーが要求される。このため、指揮連絡体制を確立するとともに、それぞれの責任分担を
明らかにすることが必要である。この責任分担の遂行を図るため、適正な科目による教育訓練
を、一定の期間ごとに繰り返しオペレーターに行うとともに、オンザジョブトレーニングの活
用によって実技訓練を徹底し、技能の向上を図らなければならない。
この場合の主な教育科目は次のものである。
(学 科)
1) 危険物及び化学反応に関する知識
2) 化学設備等の構造及び取り扱いの方法に関する知識
3) 化学設備等の運転及び保全の方法に関する知識
4) 作業規程
5) 災害事例
6) 関係法令
(実 技)
1) 運 転
2) 整備及び保全の方法
3) 緊急時の操作方法
上記の教育を実効あらしめるため、適切な教育技法を開発するとともに安全教育手帳を
交付すること等により、教育経過をは握することが必要と考えられる。
(c) 保 全
定期修理時等において保全作業を行う場合には、定められた作業規程に従い、正確な記録を
保存し、従前の保全記録あるいは運転時のトラブル記録を有効に利用できるようにしなければ
ならない。
保全作業に際して、留意すべき項目は次のものである。
1) 保全体制は十分か
2) 試運転時の作業規程はあるか
3) 運転休止時の検査予定表はあるか
4) シャットダウン工程表はあるか
5) 定期修理計画表はあるか
6) 補修記録はとってあるか
3・5 災害情報からの再評価(第5段階)
この段階では、第4段階で安全対策等を講じた後、その設計内容に同種プラント又は同種装置の災
害情報を当てはめて、これを再評価する。その結果、改善すべき個所があれば、第4段階に戻って対
策を検討する。
危険度のランクがII又はIIIに該当するプラント等については、以上で評価を終り、パイロットプ
ラントの建設又は本プラントの建設に着手する。
3・6 フォルト・トリーによる再評価(第6段階)
危険度のランクがIのプラントについては、さらにフォルト・トリーによる再評価を試みることが
望ましい。この評価を通じ改善すべき箇所があれば、設計内容に所要の修正を加え、パイロットプラ
ント等の建設に着手する。次にフォルト・トリーの1例を示す。
参 考 1 エチレン製造設備におけるアセチレン水添塔に係るフォルト・トリー
1. 想定事故
エチレン中のアセチレンを水添する際に、水素を過剰に注入したために、異常反応が生じたと想定す
る。これは水素の過剰により、アセチレンに代わってエチレンが水添されるもので、高温になるにつれ
て、この反応が加速され、また、局部的にはエチレンの接触分解も生じるものである。
2. エチレン製造設備のフロー (概略)(図)
3. アセチレン水添塔周辺のフロー(図)(図)
参 考 2 定量的評価の実際例1(表)
ポリエチレン製造工程図(図)
実際例 2(表)
3塩化りん製造工程図(図)